コラム

配偶者居住権の制度概要~条件・設定方法を解説

配偶者居住権とは、自宅の持ち主の没後も、配偶者が同じ家で暮らし続けるための制度です。
配偶者居住権を設定しておくことで、法定相続人同士の関係性次第で発生しうるトラブルを回避することが可能になります。
相続税の節税や、配偶者の生活の保証といった面でメリットがある制度なので、ぜひ利用方法や適用条件を知っておきましょう。

配偶者居住権の概要

配偶者居住権は、令和2年4月1日から施行された新しい制度です。
この制度が施行されたことにより、家の持ち主の死後も、配偶者が住み慣れた場所での生活を確保できるようになります。

「配偶者居住権」とは

配偶者居住権とは、「家の持ち主が亡くなったあと、故人の配偶者がそこで生活し続ける権利」のことです。
この配偶者居住権を定める新民法1031条(配偶者居住権の登記等)は、平成30年7月6日に成立し、令和2年4月1日から施行されました。

これにより、例えば一家の父が持つ家を、遺言などで「父の死後は長男が相続する」と決めていた場合でも、父の配偶者(母や長男と血縁関係のない後妻等)は、長男に賃料等を支払うことなく住み続けることができます。
また、新たに家の持ち主となった長男が、母や後妻を追い出して家を売却するなどといったこともできなくなります。

配偶者居住権には短期と長期の2種類があり、短期の場合、住める期間は原則6ヶ月、長期の場合は「終身」「10年」「20年」など期間を設定することができます。
短期配偶者居住権の設定に手続きなどは不要ですが、長期の配偶者居住権を設定するには、故人の遺言か遺産分割協議で法定相続人全員の合意が必要となります。

制度の目的・メリット

配偶者居住権が新設された背景には、平均寿命が伸びたことで、故人が所有していた不動産で、その配偶者が長期間居住を続けるケースが増えたことがあります。

生前に配偶者居住権を設定しておくことで、自分の死後も、配偶者に住む場所と老後の蓄えを確保することができるのです。
「家族なのだから、住み慣れた家で生活を続けるのは当然」という考え方もありますが、家族のあり方はそれぞれです。
例えば、故人の配偶者と法定相続人の折り合いが悪く、行くあてのない高齢者を法定相続人が家から追い出したり、賃料を請求したりするなどのトラブルも考えられます。

また、配偶者居住権を設定していると、配偶者は金銭的な負担なく家に住み続けながら、現金も相続することができます。
例えば故人の遺産が現金3,000万円と、評価額3,000万円の家という内訳だった場合。
通常、配偶者と子供1人で遺産を分割するなら、家を現金化して3,000万円ずつ分けるか、一人が家を相続し、もう一人は現金を相続するという形になります。
配偶者が家に住み続けたいという希望がある場合、現金は1円も相続できません。家の評価額が現金よりも少ないと、現金を相続する人に代償金として差額を支払う必要もあり、こういったケースに有効です。

また、配偶者には遺産相続時に「配偶者控除」という大きな控除枠があり、1億6,000万円までは相続税がかかりません。
そのため、配偶者居住権を設定し、実質的に配偶者の遺産の取り分を多くすることで、相続税の軽減にも繋がるのです。

適用の条件

配偶者居住権の適用には、以下の条件があります。

適用は配偶者だけ

配偶者居住権が適用されるのは、法律上の配偶者のみです。

内縁関係・事実婚・パートナーシップ等の配偶者や、交際相手については、配偶者居住権が認められません。
内縁の妻に居住権が認められたケースも存在しますが、条文に規定がない以上、法律上の配偶者以外が適用を受けるのは難しいです。

亡くなった時に自宅に居住

配偶者居住権の適用を受けるには、不動産の持ち主が亡くなった時に、その不動産に居住している必要があります。
自分で賃貸等を借りて別居していた場合や、自分が住んでいた家以外で故人が所有していた不動産には、配偶者居住権は認められません。

有効期間・権利の消滅

配偶者居住権の有効期間は、最長でも配偶者が亡くなるまでです。
配偶者が死亡すると消滅し、売却・相続はできません。

また、短期配偶者居住権の場合は原則6ヶ月、期限付きの配偶者居住権の場合はその期間が終了すると共に居住権がなくなります。

配偶者居住権の評価方法

配偶者居住権の評価方法は、以下の通りです。

配偶者所有権の価値=相続発生時の不動産評価額−負担付所有権の価値

「負担付所有権の価値」とは、経年とともに減少する不動産の価値を、配偶者が生涯その不動産に住み続ける前提で計算したもの。建物の耐用年数、築年数、法定利率などを考慮し、個別に算出します。
そのため、配偶者所有権の価値は、相続発生時の不動産評価額よりも必ず安くなります。

配偶者居住権の利用がおすすめなケース

配偶者居住権の利用がおすすめであるケースは、以下の通りです。

・自宅しか財産がない場合
・子供はいないが代々続く家がある場合

自宅しか財産がない場合

まず、自宅がメインの相続財産になるという場合は、配偶者の生活保障のために配偶者居住権の利用をおすすめいたします。

遺産が自宅しかない場合、複数人で遺産を分割するには、自宅を売却する必要が出てきます。
相続財産が自宅とわずかな預金という場合も、平等に分割するには、家を相続した人が他の法定相続人に代償金を支払わなければいけません。
そうなると、やはり自宅を売却する必要があり、配偶者が住み慣れた家で生活を継続することができません。

子供はいないが代々続く家がある場合

また、子供がいないものの、代々続く家を守りたいという場合も、配偶者居住権の利用がおすすめです。

例えば、子供がいない夫婦で夫が亡くなると、妻と夫の親兄弟が遺産を相続することになります。
もし、同じ場所に居住し続けるために妻が家を相続すると、妻の死後には妻の法定相続人が家を相続することになり、夫側の血縁者には相続権がありません。

家を相続するのは夫の弟とし、妻には配偶者居住権を保証しておくと、家の相続権は夫の家系から離れないまま、妻が生涯住む場所も確保できるのです。

必ずしも設定する必要はない

ちなみに、配偶者が長くその家に住み続ける予定がない場合、当然ですが配偶者居住権は必要ありません。
例えば、「独り身になったら家を売り、コンパクトな物件に引っ越す」「子供と同居する」「施設に入居する」等の計画がある場合です。
この場合、配偶者居住権の設定は手間になるだけですし、配偶者居住権は不動産の所有権を別の人が持つことが前提なので、売却時の利益も配偶者が受け取ることができません。

しかし、突然配偶者が亡くなると、家を売る計画自体はあってもすぐには片付けられないというケースもあります。
その場合には、手続き不要で6ヶ月間の居住が認められる「配偶者短期居住権」を利用した方が良いでしょう。

配偶者居住権の設定方法

配偶者居住権の設定は、遺言書もしくは遺産分割協議で法定相続人全員の合意を得て行います。

設定方法

遺言書で配偶者居住権を設定する場合、「遺言者○○は、下記の配偶者居住権を、遺言者の妻である■■に遺贈する」と記し、その下に自宅の住所などの詳細を記載します。
確実に配偶者の権利を守るには、公正証書遺言を作成するのがおすすめです。
自筆証書遺言や秘密証書遺言でも配偶者居住権を設定することは可能ですが、万が一間違いがあったり、改ざん・紛失などがあったりした場合、配偶者居住権が発動しないリスクがあります。

遺産分割協議で配偶者居住権を設定する場合には、法定相続人全員で話し合って合意に達し、その内容を公正証書化して残しておきます。

どちらの方法で配偶者居住権を決めた場合にも、より確実に居住権を守る(身内以外の第三者に対抗する)ためには、登記申請をしておくと安心です。
配偶者居住権の登記申請は、不動産の所有者と配偶者が共同で行います。

設定費用

配偶者居住権の登記申請には、「建物の固定資産税評価額×0.2%」の登録免許税がかかります。

登記手続きは自分で行うこともできますが、司法書士などの専門家に依頼すればより確実かつスピーディーです。
専門家に依頼する場合、別途数万円の手数料が発生します。

「配偶者居住権」に関するQ&A

最後に、配偶者居住権に関するよくあるQ&Aを掲載します。

配偶者居住権を設定せず亡くなったら?

配偶者居住権を設定しないまま夫・妻が亡くなってしまった場合、配偶者は遺産分割協議で配偶者居住権の設定を求めることができます。
もし他の法定相続人の合意を得られない場合には、遺産分割の審判の申立てを家庭裁判所にすることで、配偶者居住権が認められる可能性があります。

また、配偶者居住権が認められる前に、法定相続人が他者に当該不動産を売却してしまいそうな場合などは、処分禁止の仮処分を申し立て、「仮処分登記」をしておくことができます。

自宅の一部が店舗・賃貸の場合は?

自宅の一部が店舗・賃貸住宅の場合にも、配偶者居住権を設定することは可能です。
店舗併用住宅の場合、そのまま店舗を継続しても良いですし、店舗を畳んで居住用とすることもできます。

賃貸併用住宅の場合、故人や配偶者が住んでいた部分には配偶者居住権が適用されます。
しかし、相続発生時に賃貸に出していた部分については、配偶者居住権は及びません。

「小規模宅地等の特例」は認められる?

配偶者居住権は土地ではなく建物に認められる権利のため、原則的には「小規模宅地等の特例」の対象ではありません。
しかし、小規模宅地等の特例には「土地の上に存する権利(敷地利用権)」が含まれるため、配偶者居住権もこれに該当します。
「配偶者居住権に基づく敷地利用権」に関しては、配偶者居住権がある以上、配偶者はその土地で生活していくことになるため、無条件で適用されます。

「居住建物の敷地の所有権」は、配偶者以外の同居親族(子供など)が家の所有権を取得し、引き続き居住し続ける場合には適用が可能です。
ただし、非同居親族が家の所有権を持つ場合には、「被相続人に配偶者がいない」という小規模宅地等の特例の適用条件を満たさないため、適用となりません。

まとめ

配偶者居住権は令和2年4月から施行された新しい制度です。
この制度を利用することで、死後も配偶者が自宅に住む権利を確保したり、相続税を軽減したりすることができます。

新しい制度なのでまだ情報が少なく、素人が配偶者居住権について適切な判断をするのは難しいです。
配偶者居住権の設定をお考えの方は、まずは一度司法書士などの専門家にご相談ください。